髙柳雄一館長のコラム

サルスベリに見る猛暑の夏

関東地方では、梅雨入り後も雨の日が少なく、昼間の最高気温が35℃を超える猛暑日が7月後半から幾日も続き、梅雨明け後は、連日の様に気象予報では熱中症などへの注意が呼びかけられています。地域毎に熱中症警戒アラートが出されていることもあり、その日に外出する際は、勤めて水分補給を維持すための飲料水500mlペットボトルを持ち歩いています。

猛暑の夏も、人間にとっては飲料水を取ることで凌ぐことが出来そうですが、水分補給を雨水や地下水など周辺環境に依存している植物にとっては危機的状況に違いありません。我が家には、玄関先と裏庭に花壇が二か所あり、そこに植えられた草花の為に、雨の少なかった今年は、6月終わりから、毎日、朝と夕方には、水をやることにしてきました。そんなある日、7月も後半だったと思います。熱中症アラートが話題になり、以来、花壇の水まき前には、必ず自分自身の水分補給を先に済ませることにしました。今となっては、愉快な今年の思い出の一つになっています。

先日、日が暮れて多少涼しくなった頃、神田川沿いの散歩道を歩き、道沿いの街路樹たちは、この夏の猛暑にどう対処しているのか、そんな意識をもって眺めて見ました。その前に道端で見た花壇では、可憐な花も咲かせていた草花が水やりをする人手を失って萎れていたので、草花に比べると地下深く根をはる樹木の生命力を感じられると期待したからです。

私が散歩する神田川沿いの散歩道で花を愛でる街路樹は、勿論季節で大きく変化します。春はサクラ、初夏はハナミズキ、そして夏はサルスベリです。サクラやハナミズキに比べ、本数はそれほど多くはありませんが、樹々に咲く花の少ない夏に、枝先に広がる緑の葉を覆って広がるサルスベリの赤紫の花々はとても目立つ存在です。それだけに今年も直ぐに見つけることが出来ました。見事に花房を見せたサルスベリを見る限り猛暑の夏にも充分に生命力を発揮していることが伺え、人手による水分補給は不必要にも思えます。

夏の間、サルスベリの花は色々な場所で目にします。赤紫以外にも薄いピンクや白い色の花もありますが、花を咲かせる樹の幹は滑らかで、名前の由来であるサルも滑ると言われる木目を見ると、どれもがサルスベリであることが一目で分かります。比較的交通量も多い、バス通りの街路樹にも使われ、私が時々利用するバス路線の新宿から永福町に通じる方南通りでは、中野区内の街路樹として間隔を開けて植えられたサルスベリの花が印象的です。

今年の夏の猛暑の到来は日本だけではありませんでした。7月14日、地中海に近い南ヨーロッパでは南から流れ込んだ気流が熱波をもたらし、ギリシャでは最高気温40℃以上を記録するなど、アテネを訪れていた観光客が熱中症で倒れたと報じられています。南ヨーロッパを襲った熱波をイタリア気象協会は地獄の番犬「ケルベロス」、その後に予報された気温40℃超と予測された熱波を死者の魂を冥界へ送る川の渡し守に例え「カロン」と呼んでいます。異常とも言えるこうした気象現象は地球温暖化がもたらしたものだとする研究成果がいくつも報告されていますが、温暖化対策実施の人類の歩みは科学者が期待するようには進行していません。今年の猛暑は、そうした人類の活動に対する自然界からの警告かもしれません。

今年は残暑も厳しくなりそうです。気象庁が7月25日に発表した向こう3カ月の予報によると、8月から10月にかけて、日本の広い範囲で高温が予想され、熱中症などへの注意を呼び掛けています。新聞の見出しには「10月まで暑さ続きそう 3カ月予報 」と出ていました。猛暑から残暑へ暑さの表現は変わるにしても、今年の暑さは10月まで続き、平年より高い気温になる見込みと知ると、熱中症対策もしばらくは意識する必要を感じます。

サルスベリは別名で百日紅(ひゃくじつこう)とも呼ばれています。夏の暑さに耐えて、花を百日間も咲かせるサルスベリの特徴を示した表現であることを、今回のコラムを書きながら知りました。これから3カ月、10月まで100日以上も続く今年の暑さに耐えて、サルスベリの花と共に、涼しい秋を迎えたいと願いながらコラムを終わりたいと思います。

▲神田川沿いに咲く百日紅の花


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)