髙柳雄一館長のコラム

杞憂に終わるか宇宙ゴミ(1)

隕石が2月にロシアで落下し、大きな話題となったことをまだ覚えている方も多いでしょう。このニュースに接したとき、昔、中国の杞と言う国に住んでいた人の話を思い出しました。杞の国に、天が崩れてきたら、逃げるところも無いと心配し、食事も満足に出来ず、睡眠不足になり、やつれ果ててしまった人がいたという話です。天が崩壊することはとてもありえない事件ですから、このように不要にも思える心配事を杞憂(きゆう)と呼んでいます。杞憂(きゆう)の杞は国の名前、憂は心配のことを憂い(うれい)と言いますから、杞(き)と憂(ゆう)を組み合わせ、「無用の心配をする」とか「取り越し苦労」という意味を示す言葉が生まれたのです。

隕石落下の話題で杞憂という言葉を思い出したのは、天からの隕石落下が、地上に住む私たちにとって、これから心配しなくても良い出来事なのかどうか気になったからでした。
研究者たちの報告では、地上の人間が隕石落下に出会い直接被害を受ける機会はそれほど多くはなく、この出来事も一般社会では杞憂になってしまったようです。しかし、4月下旬、ドイツで開かれた宇宙ゴミに関する国際会議で論じられた世界の宇宙開発機関による宇宙ゴミ対策の最新情報を知り、また杞憂という言葉を思い出すことになりました。

5月HP

地球を取り巻く宇宙ゴミ(NASA提供)

宇宙ゴミと聞くと、皆さんは何を想像しますか?役目を終えた人工衛星はいつまでも宇宙には留まりません。一昨年の夏にはアメリカの衛星「UARS」やドイツの観測衛星「ROSAT」、そして昨年冬にはロシアの火星探査機「フォボス・グルント」が地上に落下し、大きな話題になりました。廃棄された人工衛星や、それを打ち上げに使用されたロケット、またそれらの爆発・衝突によって生じた破片、時には宇宙飛行士が手放してしまった工具や手袋など、これらは全て宇宙ゴミと呼ばれています。この宇宙ゴミが最近大きな問題になっているのです。宇宙ゴミとなっている物体はいずれも秒速数キロメートルという高速で移動しています。もし国際宇宙ステーションや現在運用中の人工衛星と衝突すると大きな事故を引き起こします。

気象衛星、放送衛星、地上の位置情報を教えてくれるGPS衛星、地球環境の変化を報告してくれる地球観測衛星、色々な人工衛星の活躍が、地上の私たちの生活の豊かさ、安全を支えてくれています。もしそれらの人工衛星が宇宙ゴミと衝突して機能を失ったとき、地上の私たちが被る被害は莫大なものになる可能性があります。それをどう防ぐか、ドイツの会議では宇宙ゴミを減らすための具体的な国際的取り決めが議論されました。

隕石落下の杞憂から宇宙ゴミの杞憂の話へ、話題が広がってしまいました。宇宙ゴミの問題は地球文明にとつてとても大きな問題です。それだけにドイツでの話題も含めて次回に詳しく触れてみたいと思います。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学 系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフ・プロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)