髙柳雄一館長のコラム

杞憂に終わるか宇宙ゴミ(2)

前回、お話したように、地球の衛星軌道上には宇宙ゴミと呼ばれている物体が数多くあり、それが秒速数キロメートルもの高速で飛び回っています。この結果、国際宇宙ステーションや現在使われている衛星に衝突するとその被害が大きく、世界中の宇宙開発機関で宇宙ゴミ対策が重要な課題になっています。

宇宙ゴミには耐用年数を過ぎ機能を失った衛星、事故・故障により制御不能となった衛星、その打ち上げに使用されたロケット本体や、その一部だった部品、多段ロケット切り離しで生じた破片、あるいは宇宙ゴミ同士の衝突で新たに生まれた微細な破片も含まれています。人類の宇宙開発は旧ソビエト連邦がスプートニク1号を打ち上げた1957年からはじまり、それ以来、世界各国でのロケットや人工衛星の打ち上げは4900回を超えました。この間、宇宙ゴミがどんどん増え続けてきたことが想像できるでしょう。

宇宙ゴミはどのくらい衛星軌道に存在するのでしょうか?
アメリカの監視ネットワークが捉えている10センチ以上の物体は約2万2千個。この中には現在各国が利用中の人工衛星も含まれ、それは約千個です。つまり、残りの約2万1千個が宇宙ゴミだと推定されています。10センチ以下1センチ以上の小さな宇宙ゴミは観測が困難ですが約70万個あると推定されています。こんなにも大量の宇宙ゴミが地球の衛星軌道上に存在し、このまま宇宙開発が進むとますます増加します。宇宙ゴミの増加に歯止めを掛けるにはどうしたらよいのでしょうか?

宇宙ゴミが危険なのは衛星の軌道上にあるからです。宇宙ゴミを衛星軌道上から取り除けば、宇宙ステーションや衛星との衝突の危険は避けられます。宇宙ゴミを減らす必要がある衛星の軌道ですが、現在、人類が利用している衛星軌道は大きく分けて二つあります。

一つは気象衛星や放送衛星などが置かれている地上3万6千キロメートルの地球静止軌道です。この軌道上にある宇宙ゴミは、その軌道から高度をさらに3百キロばかり上げてやれば、半永久的に静止軌道へは侵入しないことが知られています。この場所を墓場軌道と呼んでいますが、ここは静止軌道上にある宇宙ゴミの捨て場とされています。
これに対して、地球環境を調べる多くの観測衛星は地上から高度2千キロ以下の低い軌道にあります。ここでは宇宙ゴミの軌道を下げ、大気圏に突入させて処理する対策が取られ、この軌道で運用を終了した衛星が爆発・分解しないよう燃料を燃やし尽くすこと、運用を停止した衛星は25年以上、その軌道に留まってはならないなど、世界の宇宙開発機関が宇宙ゴミ発生を抑える行動基準を出して互いに実行を呼びかけています。

これで宇宙ゴミの増加を低減は出来ますが、ゴミ処理を迅速に効率よく実施するにはゴミ掃除が一番です。この春、ドイツで開かれた宇宙ゴミ対策に関する国際会議では、色々な宇宙ゴミ掃除のアイディアが提出されました。低い軌道にある大きな宇宙ゴミには無人宇宙船で接近しロープがついた銛を打ち込み、ロープに付けた小型推進装置を使って牽引し、大気圏に突入させて燃え尽きさせる計画、強力なレーザを照射して宇宙ゴミの進路を変えて大気圏に落とす方法、巨大な網を掛けて無人宇宙船で回収し処理する計画など、最新の宇宙ゴミ掃除計画がいくつも具体的に議論されました。地上のゴミ掃除と違い宇宙でのゴミ掃除は高度な技術が必要です。それでも真剣に議論されたのは軌道にある衛星の活動が不可欠な地球の文明にとって宇宙ゴミ対策が大きな問題になっているからです。

(出典はESA:ヨーロッパ宇宙機関)

5月の終わり、日米政府が宇宙ゴミ対策で協力強化という記事が新聞に出ていました。現在、国連の宇宙空間平和利用委員会の下に、世界中の宇宙開発機関が集まって宇宙ゴミ対策の国際組織が設置され活動しています。隕石の落下を巡って、中国の杞憂の話を思い出し、宇宙ゴミの問題にまで話を広げてしまいました。星空の彼方の宇宙の手前に、私たちの生活とも関係が深い宇宙ゴミの問題があることを知ると、宇宙ゴミの問題が杞憂に終わることを皆さんと一緒に願いたいと思います。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学 系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフ・プロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)