髙柳雄一館長のコラム

真鯉と緋鯉に出会う散歩で気づくこと

晴れた日には強い日差しをさけて日没近い暮れ六つ過ぎ、近所の公園まで散歩に行くことが多くなりました。公園は自宅近くを流れる神田川の右岸に隣接されているので、散歩では神田川の両岸にある遊歩道のどちらかを選んで通ります。遊歩道と書いたのは、自動車は通れず、道を行き交うのは歩行者とマラソンランナー、それに自転車に限られるからです。夕暮れ時だと歩行者の半分近くが愛犬連れであることにも気づかされます。

我が家から直ぐに行けるのは神田川左岸の遊歩道なので、公園までは川の流れに沿って五つの橋を通り過ぎ、最後は公園に接する右岸の道を歩くことになります。神田川沿いの遊歩道散歩は、左岸から始めて右岸で終わるので、どれかの橋を渡る際、両岸の樹々や草花の景色だけでなく、川面を眺めて、そこに映える季節の変化も楽しめます。

風薫る5月になって、多摩六都科学館の前に広がる広場には大きな鯉のぼりが、風の中を泳ぎ始めました。我が家の近くでも子供たちの居る家でしょうか、家によっては、かわいい比較的に小さい鯉のぼりが風にそよぐ姿も目に付くようになりました。

神田川遊歩道の散歩では、これまでも川面に映る空に水面下に潜む鯉たちが泳ぐ姿を目にしたことが幾度もありました。それだけに、鯉のぼりの歌に歌われた黒い真鯉と緋色の緋鯉も発見できると、今回は家の近くの神田川に掛かる弥生橋付近で鯉たちの写真を撮ってみました。夕暮れ近い神田川で、私が散歩道で出会った真鯉と緋鯉をご覧ください。



川面に潜む鯉の群れを見ると黒い真鯉の方が沢山いることが分かります。緋鯉の方が目立ちやすく見つけやすいことが分かり、数ははるかに少ないようです。

何故でしょうか? 神田川の鯉たちの存在はこれまで良く知ったつもりでしたが、その群れの姿に接して、鯉たちがこの川の中で、いつも同じ場所にいるのだろうか?・・疑問がいくつも生まれ、神田川の鯉に関しては何も知らなかったことに気づかされました。

神田川は、三鷹市に属する井の頭公園内にある井の頭池を水源の一つとして、東京23区の中で杉並区・中野区・新宿区・豊島区・文京区・千代田区・中央区を流れ、最後は台東区と墨田区の境界にある両国橋脇で隅田川に合流する流路延長24.6Kmにも達する一級河川です。杉並に住む以前、私にとって神田川は、JR御茶ノ水駅傍の聖橋の下を通る深い堀を流れ、JR浅草橋駅の近くで隅田川に合流する大きな川でした。杉並区を通る神田川が中野区では善福寺川と合流し、新宿区の高田馬場駅付近まで北上、豊島区で妙正寺川と合流し、文京区の江戸川公園の脇を東に向かい、さらに飯田橋付近から御茶ノ水へ向かって川幅を広げていることなど、地理的状況や江戸時代からの治水開発の詳細を知ったのは最近です。

隅田川を経て太平洋の大海原にも至る神田川の水中に住む、真鯉と緋鯉たちに出会った5月の散歩で、果ても知らぬ宇宙に住む私たち生命の存在に共通の一端を覗いたような気もいたします。「屋根より高い鯉のぼり」の歌を思い出しながら今回のコラムを終わります。






高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)