髙柳雄一館長のコラム

梅雨のアジサイにみる日本の夏

6月になりました。20日までは東京での緊急事態宣言は依然として継続中ですが、多摩六都科学館は必要な感染症防止対策を取りながら、開館できることになりました。皆さまにお会いできる機会が得られたことを科学館関係者一同、大変喜んでいます。

臨時休館が継続されて以来、私も人混みを避けて、遠くまで出かける機会をなるべく少なくし、普段の晴れた日には自宅近くを散歩して過ごす日々を続けて来ました。そんな時、道々で目にする多彩な植物の姿は、季節の移り変わりを印象深く伝えてくれます。夏も近づく八十八夜を迎えた5月初めは、木々の梢を包む若葉が公園に木漏れ日の世界を生み出し、そこで過ごす人々に春の終わりと夏の訪れが近いことを気づかせてくれました。人間社会の時の流れが、コロナウイルス感染症拡大の対応で例年とは異なるだけに、毎年訪れるいつもの季節の到来に接して心の休まる思いもしました。

夏が近づき気温も上がり、蒸し暑い日々も続くようになりました。晴れた日々の合間に侵入した雨の日が占める割合も多くなり、梅雨の季節となる6月となりました。日焼けを避けて、最近は曇り日に散歩に出かけることも多くなり、住宅街の道端で出会う生垣越しに、様々な家々の庭を彩る草花が示す季節の変化を発見して楽しんでいます。今月になって、眼にする機会が多くなった植物は、色々な姿をして、あちこちで咲いているアジサイです。

小さな花の周りを大きな花が額のように取り囲むガクアジサイ、手まりのように花が丸く集まったホンアジサイ、カシワの葉のような大きな葉とピラミッド型に花を配したカシワバアジサイなど、花の形も様々なアジサイは、花の色も白、赤紫、青などとそれぞれ微妙に異なり、散歩の途中で出会うアジサイは、どれもがどこか違って見えることも不思議です。

アジサイは英語でhydrangea(ハイドレインジア)です。この言葉をみて、水素を示すhydrogen(ハイロジェン)と言う英語を思い出した方もいらっしゃることでしょう。どちらも水を示すギリシャ語のhydroが語源に使われていることを示しています。

緑の葉を持つ植物は太陽の光エネルギーを利用して根から吸い上げた水と空気中の二酸化炭素から炭水化物を合成する光合成で成長し開花に至ります。緑の葉を持つ植物の生育、開花に水が不可欠であることは皆さんも良くご存じでしょう。そんな植物の中で、アジサイは、生育、特に開花期の栽培には多量の水を必要とすることが良く知られています。英語のアジサイの語源に水を示す言葉が含まれていることはそれを暗示しています。毎年、北海道を除いて6月に梅雨に入る日本で、咲き誇るアジサイの花に私たちが接する機会が多くなる理由も理解できます。アジサイと梅雨は日本の6月を端的に示す言葉かもしれません。

日本の本格的な夏は、梅雨明けと同時に始まります。梅雨明けは、気象庁から発表されますが、関東地方では大体7月以降になっています。真夏と言えば7月と日本に住む私たちの多くは信じています。それだけに、暦の上で、夏至の日が今年は6月21日と知っても、それが真夏の到来を意味しているとは感じないこともあります。中学の頃、夏至の日を真夏とした物語に出会った時、それに気づかされた思い出があります。

ウィリアム・シェイクスピアの喜劇に「真夏の夜の夢」と言う作品があります。舞台は古代ギリシャ、夏至の日の夜アテネ近郊の森に足を踏み入れた貴族や職人、森に住む妖精たちが登場し、人間の男女は結婚に関する問題を抱え、妖精の王と女王は養子を巡りけんかの最中でしたが、妖精の王の画策やひとりの妖精の活躍で円満な結末を迎える喜劇です。喜劇の詳細はほとんど忘れましたが、真夏が夏至の日と知って不思議に感じたこと、梅雨明けを真夏の到来と感じるのは、日本人独特の思いなのかもしれないと感じたことを覚えています。

遠出を避けて過ごしてきた私ですが、5月22日午後、新型コロナワクチン接種第1回目の予約が取れて、東高円寺にある杉並区の接種会場へ出かけて来ました。会場近くに「蚕糸の森公園」があり、小雨の中、梅雨入りを待つ公園の木々を見て帰宅しました。多摩六都科学館は休館中もオンラインでの活動は継続してきました。その成果をホームページでご覧いただいた方々もいらっしゃるでしょう。ワクチン接種後の25日、オンラインで開いた委員会で、私が会長を務めるため、久しぶりに多摩六都科学館へ出勤しました。そこで出会った多摩六都科学館の館庭に咲くアジサイはほぼ満開でした。

我が家の庭に生えるいくつかのガクアジサイの中に「墨田の花火」と名づけられたアジサイがあります。花火の様に開いた白い花びらが点在している姿は夕闇にも映えて見ごたえのある姿を今年も見せてくれています。夏の風物詩でもある隅田川の花火を連想させてくれるこのガクアジサイを眺めながら、これから多摩六都科学館へご来館の皆さまと有意義な夏休みを安心して過ごせる梅雨明けの本格的な真夏の到来を待ちたいと願っています。


▲館庭のアジサイ

 


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)