髙柳雄一館長のコラム

今年の夏の思い出から

 雨の中で鳴き声を聞いたのが2回ほど、姿を見たのは玄関のある前庭の花壇の傍で2度、それに裏庭の草葉の中での1度しかありません。今年の夏、出会った我が家のヒキガエルのお話です。我が家の庭にヒキガエルが住んでいることに気づいたのは三年ほど前。雨上がりの後、二階の窓から前庭の花壇の端に何か小さな生き物が潜んでいることを見つけました。最初の出会いでしたが、急いで駆け下りて傍に行きった時は、すでに姿を消していました。
 カエルだと確認できたのは、これも雨上がりの夜、玄関先にある郵便受けから手紙を取り出して、花壇の傍を通った時でした。宵闇の中で体の色は不明でしたが、その形からカエルだと判断できました。ただ、皮膚の色までは良く見えず、カエルの知識があまり無い私には、それがアマガエルかヒキガエルかも判断することは無理だったことを覚えています。

 我が家のカエルとの出会いは、その後も何度かありました。しかし、明るい日差しの中での出会いは今年の夏が始めてでした。裏庭で草花に夕暮れ前の水遣りをしていた時でした。草葉の中に潜むカエルの姿形と皮膚の色を観察できたのです。急いで室内に戻り、パソコンを立ち上げ、WEBでカエルに関する画像や説明を探し出し、今見たカエルが一体、何と呼ばれる種類なのだろうかと調べてみました。その結果、ヒキガエルとしておけば間違いはないだろうと判断しました。そして、確認のために先ほど出会った場所へ行ってみましたが、勿論、そのカエルは既に姿を消していました。
 これまでに出会ったと思える回数は十回以上にはなりません。今年の夏、初めて全身を見たときもそうでしたが、何時であっても相手はじっとしていて身動き一つしません。しかし、ちょっと目を離すとたちまち姿をくらましてしまいます。慎重な行動をとり、何時も身をどこかに潜めて行動していることが良く分かります。
 ヒキガエルのそんな習性を知ると、これまで私が出会ったヒキガエルが全て同じカエルだったのかどうかも信じられなくなります。ひょっとしたら裏庭で出会ったカエルと玄関先の表庭で出会ったカエルは別のカエルかもしれません。我が家に何匹もヒキガエルが住んでいると想像すると、家族が増えたようで愉快になります。

 猛暑の夏も過ぎつつあります。今年の夏は朝夕、我が家の庭の草花を元気つけようと連日の様に水やりに励んだことを思い出します。その際、我が家に住むヒキガエルとの出会いがそれと深く関係していたことに気づかされます。暑い日の夕方、庭で水をやりながら、草花たちのためという思いもありましたが、一方で、そこに潜むヒキガエルのためでもあることに思いを馳せていたからです。そんな時、庭に住むヒキガエルに恵みをもたらす神様の役割を自分ができることにある種の喜びを感じていたと言えるかもしれません。
 9月になりました。皆さんも夏の疲れを癒して実りの秋の計画に取り組んでいらっしゃることでしょう。私も、日照りに苦しむ草花、それに我が家のヒキガエルの心配も不要になるこの季節の始まりを楽しみたいと願っています。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)