髙柳雄一館長のコラム

夏の思い出が残すもの

 梅雨が終わると本格的な日本の夏が始まります。それだけに、梅雨明けの予想が話題になると、夏は、私たちにとって何時も身近な存在になります。そして、今年の夏にはこんな事を体験しようと、長い夏休みは過ごせない大人にとっても、お盆休みなどの比較的長く取れる夏季休暇を念頭に、夏の計画に思いを巡らす方々も多いと思います。
 恐らく多くの人にとって夏は日常の生活の場を離れた世界で、一番多くの生活体験が出来る季節かもしれません。子どもの頃から過ごしてきた夏の思い出を辿ると、都会を離れて海や山に出かけたこと、そこで初めて体験した出来事、その際に出会った印象深い人々などと、日頃接していない世界に触れたことで、自分が生きている世界が複雑で豊かなものであることを幾つも知らされてきたことに気づかされます。

 夏の思い出は多くの場合、日常生活の場を離れた世界と結びつくと書きましたが、多摩六都科学館でも、夏の体験で人々が期待している、そんな世界に触れて頂く夏休み企画が進行中です。その一つが「ロクト大昆虫展2016」です。早速、私もイベントホールの展示会場にでかけて、今年の夏の思い出をひとつ体験しました。それは、入り口を入ったところに展示された標本パネルケースに入った「モルフォチョウの仲間たち」のとの出会いでした。
 縦八列横八行、64匹もの青く輝くモルフォチョウの羽が連なった展示に出会った時、私には、昔、オーストラリアのある島で仕事をしていた時に体験した青い蝶の大群が乱舞して身の回りを飛び交った思い出が鮮明に蘇ったのです。その時はまるで自分が夢の世界にいるかのような気になったことを覚えています。当時、そんな自分自信の姿に気付かされて驚いたことは今も忘れられません。
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 今年はリオデジャネイロで、8月5日からオリンピックが始まります。最近のテレビの話題でも、オリンピックに参加する色々な競技の選手たちが、開催前に備えた体力造りなどの公開された準備風景が多く紹介されていました。そんな中、私にとって興味深かったことがあります。選手たちが話す自分自身の捉え方です。まず、体力造りに励む選手たちの多くが「自己との戦い」と言う表現を使ったのはとても印象的でした。これに対して、体調管理に勤める選手の何人かが「自分自身を信じて力を出したい」と言う表現も印象に残りました。
 人間の言葉は、それが使われた状況に合わせて理解しなければなりません。その意味では、「自己との戦い」と「自分自身を信じて」は何れの場合もそのままで頷けます。しかし、取り出した言葉だけで考えると、自分自身の捉え方は反対にも見えます。こんなことに注目すると、私たちは自分自身を色々な捉え方をして生きていると言えそうです。

 皆さんは、この夏、日常とは違う世界でも素敵な体験をなされるに違いありません。そんな時、自分自身の色々な姿に出会う機会もあるはずです。色々な自分自身の姿に出会える忘れられない夏の思い出づくりに多摩六都科学館もお役に立てばと願っています。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)