髙柳雄一館長のコラム

花ごよみを楽しむ季節になりました

 街を歩くと、ハナミズキの白や紅の花々が目立ち、背後に控える新緑も目につく季節になりました。川沿いに連なる桜の道を歩き、花のトンネルを楽しんだ春が終わると、真夏の到来に備えるかのように、植物たちは枝葉を茂らせて、緑の世界を広げています。
 手入れの行き届いた花壇のある家々には、赤やピンク、そして白い花びらが木立を覆うように連なるつつじの花の垣根が、季節の変わり目の訪れを報せてくれます。
 我が家の庭の紫陽花も緑の葉を重ね、やがて来る梅雨の始まりに合わせて花を咲かせようとしているように見えます。こんな植物の梅雨を待ちかねている風情を感じると、真夏の前には必ず訪れる梅雨の季節が、この先に控えていることが思い出されます。

 昼間が長くなるこの季節、戸外で過ごす時間も増え、身の回りで目にする木々や草花に注目する機会が多くなりました。そんな時、美しい花や木々の緑の広がりに出会うと、予期せぬ発見に出会える喜び、さらには、これからどう変わるかを想像して持ち望む楽しみ、今年も期待通りの成り行きを見せてくれる植物たちの姿にある種の安堵感まで漂う、考えようによっては複雑な気持ちを感じることもあります。
 春から夏へのこのシーズンは、美しい花々と出会う機会も増え、目にする植物たちの変身に驚き、四季を通じて花ごよみの楽しみを一番意識できる季節かもしれません。

 考えてみると私たちが花ごよみを知り、生活の中でそれを意識するようになったのは、人間の歴史の中でいつ頃からでしょうか? 食料としての植物を発見し、作物の育成による農業の始まりを考えると、人類と植物との関係の深まりは人類が農耕定住生活を始めた頃にまで遡るに違いありません。そんな歴史の中で、古代の人々も自分の住む地域で出会う草木の花々が季節ごとに生活にもたらす様々な恵みに気づき、それを意識して仲間に伝え、幾世代にもわたって、その知識が集大成された結果、私たちが知る花ごよみも生まれたと言えるでしょう。

 こんなことを考えると、私たちが楽しむ花ごよみの背後には、先祖の人々の生活の知恵が色々な形で含まれていることにも気づかされます。桜の花ばかりではなく、季節ごとに咲く花の便りは、花々の鑑賞の手引となるだけでなく、それが語る季節の到来、例年と比べた気象状況を知る試みなども反映されています。
 先日、我が家の庭にある柚子の木に重なり始めた葉の間で柚子の花芽をいくつも発見しました。昨年は珍しく沢山の柚子が実をつけ、収穫の喜びを味わったのですが、今年は春先から天候も不順だっただけに、その成り行きを案じてきました。それだけにある種の安堵感をいだきましたが、これも花ごよみの楽しみ方の一つになったように思えます。
 春から夏へと梅雨を挟んだこの季節、日本特有の季節の移り変わりの中で、花ごよみの色々な楽しみ方が出来る季節です。皆さんも身の回りの植物の姿に注目し、私たちの祖先が生み出した花ごよみの恩恵に思いを馳せてみては如何でしょうか?

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多摩六都科学館のハナミズキ(2016/04/30撮影)

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)