髙柳雄一館長のコラム

七夕に思うこと

 雲の晴れ間からまぶしい夏の日差しに出会うと、もう夏休みの計画に思いを馳せる方もいらっしゃる季節になりました。この季節、夜空で話題になるのは七夕かもしれません。
 七夕は新暦ですと7月7日、旧暦ですと今年は8月2日です。ひと月遅れの8月7日にも七夕の行事が行われる所も多くあります。この1ヶ月は、七夕に関係した行事が日本各地で開かれていることでしょう。

 7月になると日本全国で話題になる七夕ですが、こうした風習が日本で始まったのは奈良時代にまでさかのぼります。万葉集の中には、七夕の月が地平に沈んだ夜半過ぎ、天の川を描く星々が輝きを増し、織女星と彦星の出会いが成就することを願った歌も何種か残されています。それ以来、日本人の季節の風物詩として、今日まで七夕の行事が絶えることなく多くの人々に毎年親しまれてきたことを想像すると不思議な気がします。(以前のコラム「七夕の由来」もぜひご一読ください
 地上の人間の世界が万葉集の時代から辿ってきた変化はとても想像すら出来ませんが、天上では夜空の天の川を挟んで向かい合う織女星と彦星の位置関係は全くと言って良いほど変わってはいません。ご先祖様が思いを馳せた世界を、今の夜空で眺めることから想像できる、そんな世界に私たちが住んでいる事実を七夕の行事は気づかせてくれます。
 子供の頃から、眺めてきた七夕の星の世界ですが、確かに毎年、色々な人と色々な場所で様々なスタイルの七夕の行事に私自身も接してきました。その中には、願いを込めた短冊を大きな竹の枝に群がる笹の葉にいくつも付けた幼稚園のころの思い出もあります。確かに、地上の人間にとっては、七夕はいつもその年限りの行事、言い換えると毎回とも人生に一度の行事に参加してきたのだという思いもいたします。

 考えてみると、夜空の星の世界も子供の頃眺めた世界とは違っているはずです。プラネタリウムで夏の星座を学んだ後は、織姫星と彦星に「はくちょう座」の1等星デネブを結んだ夏の大三角形を重ねて七夕の夜空を楽しんだ方々も多いはずです。
 星の神話に興味を持って調べた人は、織姫星が「こと座」のベガと呼ばれる一等星で、「こと座」の「こと」は琴の名手として描かれるオルフェウスが持っていた楽器であることや、彦星は「わし座」のアルタイルと呼ばれる一等星で、「わし座」の「わし」はゼウスが変身して牧場にいた美青年ガニメデスを襲って神々の宮殿へ運ぶ姿であることなどをご存知でしょう。七夕の星々の世界には人類が想像した多彩な世界が広がっているのです。
 想像の世界だけではありません。最近、NASAのケプラー宇宙望遠鏡は「はくちょう座」と「こと座」の星々の世界に、太陽系の様な惑星の世界を続々発見し、地球の様に生命が存在できる可能性を持つ惑星まで見つけだしています。
 私たちが見る七夕の夜空もこう考えると奈良時代の人々が眺めた夜空とは全く違って見えてきますね。今年の七夕、皆さんは夜空にどんな思いを広げてみますか?人生に一度の今年の七夕が、皆さんにとって思い出深くまた有意義なひと時になることを願っています。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)