ロクトリポート

ノチウ関連講演会「ことばから見るアイヌ文化と自然観」Q&A③

アイヌ民族の星名・星座をご紹介する全編生解説プラネタリウム、
「ノチウ -アイヌ民族の星座をたずねて-」。
昨年2020年春からの延期を経て、2021年4月16日から(臨時休館による中断もはさみつつ)7月4日まで投影しました。
みなさまご覧いただけましたでしょうか。

7月18日には、関連講演会のふたつめとして言語学者の千葉大学名誉教授 中川 裕 先生による講演会「ことばから見るアイヌ文化と自然観」を実施しました。
参加者よりいただいた質問について、中川先生が回答をくださいましたので、3回に分けて当欄でご紹介します。
中川裕先生講演会(2021年多摩六都科学館)

最終回は、アイヌ民族の人々について、星について、そしてあのゴールデンカムイに関する話題です。

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【アイヌの人々の食文化は現代人と比べるとどうでしょうか】
今から150年ほどさかのぼると、アイヌの人たちは鹿や鮭などの肉と、たくさんの種類の山菜を入れた鍋物をメインディッシュにしていました。味付けは少量の塩で、現代の食事から考えると、非常にヘルシーな食生活を送っていたと言えるでしょう。

【米が手に入るようになる以前は、儀式の捧げものにどんな食材を用いたのでしょうか。お酒以外にはありますか】
歴史的な資料からはアイヌが和人と交流をするようになった時代以降のことしかわかりません。ということで、米がアイヌ社会に入るようになる以前のことは不明です。

【米は入手するのが難しかったとのことですが、カムイに捧げたというアイヌのお酒はどのようなお酒だったのでしょうか】
いわゆるどぶろくです。米だけでなく麹も和人から手に入れて、それで醸した濁酒です。米は貴重品でしたので、日常的にお酒を飲むことはありません。儀式のときに合わせてお酒を作り、その特別な機会にのみ飲んだものです。

【ネコが4匹いた場合に、ラマッはそれぞれ異なる(独立した)存在なのでしょうか】
それぞれ別のラマッを持つ別の存在です。

【熊送りなどの儀式で動物が殺される時や狩りの時に、動物が嫌がったり威嚇したりすることをアイヌの世界ではどう考えたのでしょうか】
儀式のときと狩りの時では違いますが、狩りの時に人間に威嚇を行うのは、要するにその人間の客となるつもりが無いということで、人間の獲物になるかどうかは動物(カムイ)側の判断ですので、嫌なら矢を受け取らないということです。

【アイヌの民族の中で上下関係や階級のようなものはなかったのでしょうか。あれば、それはどのようなもので、またなければどのように社会が成り立っていたのか、これからの世の中の参考にしたいです】
かつてのアイヌ社会は職業の分化がなく、神主や僧侶、領主といった特別な力を持った立場の人もいませんでした。男女でするべき仕事は分かれていましたが、男性であれば狩りや道具類の制作やカムイに祈ること、女性であれば着物や茣蓙の制作や山菜採取などは、誰でもできなければいけないことでした。村長は存在していましたが、村自体がそれほど大人数で構成されてはいなかったので、大きな力を持つものではありませんでした。また、村長は世襲ではなく、その村の中で一番優れていた人が選ばれていたようです。もめごとがあった場合には、双方の側から弁舌の達者な人たちが代表として出て、チャランケというものを行いました。これはお互いに議論を交わして相手を降参させたほうが勝ちという一種の裁判で、これによって暴力的な争いを極力避けていたと言われています。

【我々が知らずに使っているような言葉で、これはアイヌの方に失礼にあたるという言葉はありますか(今後改めるために)】
アイヌの人たちは和人とは外見が異なりますので、それを言われることを気にする人は大勢います。たとえば、「濃いですね」のようななにげない言葉で嫌な思いをする人もいます。

【アイヌネギという言葉は差別用語になるのでしょうか?】
ギョウジャニンニクはニラやニンニクに似た強い匂いがあり、アイヌネギという言い方にはその匂いを想起させるニュアンスがありますので、使わない方が良い言葉です。

【アイヌ文化でも黄道12星座のように星や月などで占いや導きなどを行っていたでしょうか】
私自身はあまり聞いたことがありません。

【アイヌの人たちは星座にあたるようなものを夜空に見出していたのでしょうか。例えば、動物が(カムイが)空にいる、などという風に考えているのでしょうか】
私は星のことはよくわかりません。末岡さんの本を参照してください。

※科学館スタッフより補足
アイヌ民族による星座、星名、占いなどについては、末岡 外美夫(すえおかとみお)さんによる書籍に詳しくまとめられています。
■『アイヌの星』末岡 外美夫 著(1979)
■『人間達 (アイヌタリ) のみた星座と伝承』末岡 外美夫 著(2009)
この二冊は現在販売はされていませんが、図書館などで閲覧が可能です。
また、当欄(>>多摩六都科学館 ロクトリポート)でも末岡さんの二冊をもとに星座・星名をご紹介しています。この当記事の末尾に目次があります。

【末岡先生のことをお話しされた際、「末岡さんがやった以上の研究は不可能」と仰っていたのですがそれはなぜですか】
末岡さんは、今から70年近く前に伝説や言い伝えをよく知っている古老たちのもとを数多く訪ねて、そこで聞き集めた資料を基にこの本を書いています。しかし、もはやその当時のような知識を持つ人はいないといってよい状況です。したがって、私たちはその末岡さんの資料からアイヌの星について知るしか手がないのです。

【書籍「アイヌの星」は販売されているのでしょうか】
古書店でも手に入らないようですね。

【「アイヌの星」再販してほしいです】
本当ですね。

【ずばり、ゴールデンカムイのアニメとコミックは読んだり見たりしていますか】
私は監修者ですので、本誌連載は全部読んでいます。アニメのほうもほとんどの回でアフレコに立ち会っていますので、テレビ放映したもの自体は見ていないのもありますが、ラフ画の状態ではほとんど見ています。

【野田サトル先生はどんな方ですか】
反骨の人ですね。ゴールデンカムイは他人が取り上げないような、あぶないテーマをあえて取り上げてやろうという気構えに満ち満ちていますが、本人もそういう人です。

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中川先生、詳細な解説をどうもありがとうございました!
なお、中川先生はアイヌ民族についての書籍を多く執筆されています。今回のQ&Aのご参考になる関連書籍を以下にご紹介します。

『ニューエクスプレスプラス アイヌ語《CD付》』中川 裕 著(白水社 2021)
『改訂版 アイヌの物語世界』中川 裕 著(平凡社 2020)
『カムイユカㇻを聞いてアイヌ語を学ぶ』中川 裕・中本 ムツ子 著(白水社 2014)
『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』中川 裕 著(集英社 2019)

それでは、以上で講演会「ことばから見るアイヌ文化と自然観」Q&Aの連載はおしまいです。イヤイライケレ!
スイ ウヌカアン ロ!

<全編生解説プラネタリウム「ノチウ」web連載@ロクトリポート>(リンクはご自由に)
vol.0 番組紹介            「ノチウ -アイヌ民族の星座をたずねて-」/アイヌ民族の星座
vol.1 星座 北斗七星①    ウㇷ゚シノカ・ノチウ/クットコノカ・ノチウ/北斗七星/恒星カムイ
vol.2 星座 金星            金星/疱瘡のカムイ/フレケタ/セレマック/ベテルギウス
vol.3 星座 北斗七星②    シアラサルカムイノカ・ノチウ(尾の長い熊)/弓矢/舟
vol.4 星座 月と太陽       月/ア(月の知人)/三角星/鯨/イナウ/ひしゃく
vol.5 星座 四つ星          かたつむり/船/レラ・チャロ(風の吹き出し口)
vol.6 星座 天体と季節    月の形/朝昼夜/季節
vol.7 星座 めぐる星       追われる娘たち/蛇/踊る娘たち
vol.8 星座 動物たち      狐/貂/ホケウ・ノチウ(狼)
vol.9 星座 さそり①      龍
vol.10 星座 さそり②    ザリガニ/カンナカムイ(雷[龍]のカムイ)
vol.11 番外編              関連webサイト紹介
vol.12 星座 ねずみの倉  ねずみの倉/疱瘡のカムイ/日食
展示紹介                    アイヌ民族の着物を展示中!
「ノチウ」投影開始! プラネタリウム「ノチウ」2021年4月に再登場
電子顕微鏡で・・・  電子顕微鏡でクマの毛を見てみました!
ノチウ 講演会Q&A①    中川先生講演会Q&A アイヌ語/物語
ノチウ 講演会Q&A②    中川先生講演会Q&A カムイ
ノチウ 講演会Q&A③    中川先生講演会Q&A 習慣/星/その他
1/19と2/16に再投影! [2022 冬]再投影/方位/四季の日出点と日没点
ノチウ秋投影&知里幸恵 10/9,10「ノチウ」再投影!& 知里幸恵の見た星空
ノチウ 投影レポート  2023年6月の投影内容/2030年6月1日金環日食

※連載は一旦終了ですが、今後も番外編を公開していきます。